再入院、そして

病院生活はなぜか眠たい。

ベッドの上で丸くなり、何も考えずまぶたを閉じる。

自分が病人だということを認めたくないからかもしれない。



「…申し訳ないのですが、また1ヶ月ほど入院させてください。」

「お前がいないと困るんだ、早く治して戻ってこい。」

「はい…。ありがとうございます!」


職場の先輩が別れ際に見せた優しさは、病気と戦う勇気をくれた。

そして自分に帰る場所があることが、こんなにも生きる力になるんだ。


2009年2月23日。
祝日でも記念日でもない。

皆にとって何でもない一日が、私にとっては特別な一日になる。


もしまた帰ってこれたら私はどんな人生を送るだろうか?


結婚するかな?
子どもはできるかな?
一体どこに住んでいるのかな?
会社で大きな仕事を任されることは?
両親に親孝行は?
友達と夜中飲み明かすことは?
今まで出会った懐かしい人と久しぶりに再会することも、きっとあるのだろうか?



どんな未来が待っているのだろう。


その答えがきっと少しは分かるはず。



いってきます。

再入院にむけて

二週間ぶりの病院だ。

どこかしら病院に向かう足取りが重い。

あそこで起こった出来事が私の歩みを鈍らせている。


血液検査を済ませ、医師の診察を受ける。

「ひさしぶりですね。体調はどう?」
「会社に復帰した最初の一週間は辛かったですね。でも今は問題ないと思います。」
「やはり体力が落ちていたんだね。あのまま手術するには難しかったと思うよ。」
「そうですね、自分では分からなかったですよ。」

簡単な会話を交わし、医師の触診を受ける。

「血液検査も問題ないね。」
「はい。」
「一度退院するとまた入院したくないかもしれないけど。放っておいて良い病気じゃないからね…。」
「私の希望としては。4月までには、完治したいです。」
「そうか。それなら…。」

医師は予定を確認し、手術が可能な日時を調べているようだ。

「2月23日。手術をしようか。入院は2月19日から。」「お願いします。」

闘病第2ラウンドの日程は決まった。

体調を万全にして勝負に挑もう。

万が一でも負けるわけにはいかないのだ。

37日目の解放

退院だ。

携帯電話で119を押したあの瞬間から、戻りたいと思った日常に帰れる。

何が欲しい?
そう聞かれたら以前なら、お金や高級品を答えたかもしれない。

しかし今なら。健康と日常が欲しい。
そう答えられる。



退院の次週になり、今日は会社に出社した。

1ヶ月以上ぶりである。

自分は暖かく迎えられるだろうか?
これからまた働けるだろうか?

空いた期間の分だけ不安は大きい。



しかし、裏切られた。

職場でもらった一言一言は暖かく、不安な私の気持ちを拭ってくれた。

人の言葉はこんなに暖かいのだと今まで知らなかった。


やっと。
帰ってきたのだ、私の日常に。

内視鏡手術(緊急入院から29〜35日目)

石がとれた。

昨日に内視鏡手術が行われたのだ。

喉の麻酔や、腹にうごめく不快感がありながらも無事に手術は終わった。


今回の手術は胆管のさらに下、十二指腸近くまで落ちた胆石を摘出するものだ。

つまり、救急車を呼ぶ原因となった胆嚢の胆石は残ったままなのだ。

この1ヶ月あまり、自分は何をしてたのだろう?


本質的な原因は全てこの身体の中に残っている。


あっさり終わった今回の手術を受け、私はあと数日で退院できるらしい。

職場への復帰もできそうだ。



これから訪れる日々はかねての日常と同じになるだろうか?
それともこの身体と新しい日常を作り出すのだろうか?

不安は尽きない。

年末に起こったこと(緊急入院から21〜28日目)

手術を受ける事はできなかった。


24日の朝十時に私は倒れたのだ。
突然の寒気は、すぐに歯をふるわせる強い症状へと変わった。
耐えきれずナースコールを押すと、すぐに大勢の看護士と医師が私を囲んだ。

そのあたりから私の意識は飛んでしまう。ただ、25日の手術はダメだという事実は分かっていた。

すぐに救急治療室に運ばれて、検査を受けていった。

数日して分かったのだが血液系の感染症らしい。原因は良く分からない。

それから数日に渡り、40度を超える高熱や下痢など、今まで苦しんだ事のない辛い日々を味わった。

その中でも原因解明のために左腕に数十針の静脈摘出手術をした事は辛かった。
痛みではなく、こんな形で自分の身体が刻まれる事が切なかった。



数日たち、ようやく病棟の個室に戻ってくる事ができた。

しかし自分の足で立とうとした時に、ひざの筋肉が体重を支えることはできなかった。ベッドに寝たきりの生活が、私から歩く事を奪ったのだ。


2008年も終わりを迎える大晦日。
身体中の管も取れた。病院で迎える事になった次の年はどんな年になるだろう?

無病息災。
ありきたりの願いがどれだけの価値があるか、今ならわかる。